~気づくところから始めよう~
「きっとこの世界の共通言語は、英語じゃなくて笑顔だと思う」
これは、私が好きなある歌の一節です。
もう何日も、海の向こうで起きている出来事を耳にしては、心を痛める日々が続いています。誰がこのような事態になると予想できたでしょう。たとえ国や言葉が違っても、分かり合える世の中であってほしい。自分にできることは何なのか正解はわかりませんが、せめて単なる傍観者にだけはならないよう、関心を持ち続けたいと思う毎日です。1日でも早く、皆が笑顔で過ごせる日が訪れることを願ってやみません。
普通はこうでしよ。
絶対あの人が間違っている。
何でそんな当たり前のこともできないの。
こんな風に考えたこと、誰もが少なからずあるのではないでしょうか。自分基準が身に沁みついているからある意味当然ですし、自分の考えや価値観を持つこと自体は悪いことではありません。問題なのは、自分で気がつかないうちに、相手はこうだと決めつけたり、考えを押しつけたりすることです。
心理学では、この偏った思い込みを「バイアス」と言い、偏っていないフラットな視点を持つために、違う角度から「検証する(疑ってみる)」ことが、常となっています。
その考えは本当に正しいの?
違う見方はできない?
そう考える根拠はどこにある?
実際に検証してみると、案外説明できない(自分の中だけの常識だった)ことが多いと気づきます。気づくことができると、そこから相手との対話が生まれ、お互いの意見を尊重するような建設的な話し合いに繋げることができます。逆に気づけないと、無意識に自分の価値観を押しつけることになり、時として相手に嫌な思いをさせたり傷つけたりしかねません。ですので、いかに「気づけるか」が大事になってくるのです。
ただここで一つネックになるのが、自分では思い込みに気づくのが難しいということ。某有名グローバル企業でも、自社のロゴを使用するにあたり、性別や人種に対する無意識のバイアスがあるのではないかと、外部から指摘され気づいたくらいなのだとか。それ以来、この企業ではしっかりと課題認識を持ち、積極的に従業員に対して研修を行うようになったようです。そのおかげで、「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」という言葉が世間でも広がり、他の企業でも問題意識を持つところが増え始めたのは良かったのかもしれません。
今後ますます多様性が進む社会になる中、今まで以上に様々な視点を持つ必要性が出てくるかと思います。お互いの価値観が違うことを前提に、押しつけ合うことのないコミュニケーションを目指していきたいものですね。
皆さんは自分のバイアスに気づけていますか?
【最後までお読みいただきありがとうございました。】
2022/03/23