「本当のパワハラ」と「感じるパワハラ」 その1

VOL.4

〈パワハラは判断しなくても解決する〉

 

一般的に、パワハラかどうかの判断は難しいといえるでしょう。

なぜ判断が難しいかというと、客観的な事実だけでなく、

そこには、役割、経験、価値観、状況などによって異なる

当事者の主観が関わっているからです。

 

上司からすれば指導の一環でも、受けた部下から見れば

パワハラに感じる。同じ行為や発言でも、

上司と部下の関係性が良好であれば部下は指導と受け取り、

関係性が悪いと部下はパワハラと感じてしまうことがあります。

 

私はスポーツクラブの運営会社で働いた経験があり、

その後、日本体育大学で講師をするなどスポーツに関心のある人と

関わってきました。結果第一のスポーツの世界では、

指導者は選手に厳しく接するので、嫌われることもあります。

しかし、ものすごく嫌われている指導者は、

ものすごく好かれていたりします。

指導者の情熱的な指導によって、

愛を感じてやる気になることもあれば、

怒りと感じてダメージを受ける人もいる。

 

同じ行為であっても、関係性によって

相手の受け止め方(感情)が違います。理屈の問題だけでなく、

目に見えない関係性や感情などが複雑に絡み合うなかで起こる

パワハラ問題を判断するのは容易ではないのです。

 

そもそも職場で起こるパワハラは、現場で判断しなくていいのです。

むしろ、パワハラかどうか判断することを手放すことで

パワハラは解決しやすくなります。

 

パワハラかどうかの「判断」は、組織に設けられた

「ハラスメント対策委員会」などが行います。

職場の当事者が「これはパワハラに当たる」

「いや、パワハラではない」などと判断することは

ありませんし、また、そうすることを私はお勧めしません。

 

というのも、「パワハラだ」と言えば行為者は反発しますし、

「パワハラでない」と言えば被害者は納得しません。

どちらに転んでも、関係性のなかで起こった問題は

改善しないからです。個人が判断する問題ではありません。

 

では、職場で何を問題にすべきかといえば、人それぞれが

抱いているパワハラの「評価」が異なるという現実です。

職場で飛び交うパワハラは「事実」ではありません。

その人の「評価」です。

 

同じ出来事でも、ある人は「パワハラだ」と思い、

別の人は「パワハラではない」と感じる。

パワハラを小さくとらえる傾向の上司と、大きくとらえる

傾向の部下がいて、それぞれの評価を判断するのではなく、

尊重することが大切なのです。

 

 

 

2022/3/7