何をもって憶えられたいですか?

Vol.12
皆さんへのエール。

 

 

このブログを読んでいただいている方の多くは、所属する会社や団体が営んでいる事業そのものに関して、直接的に係る仕事とは異なるのではと想像しています。

例えば、人事や総務など、組織全体の人々の活動をサポートする側に就かれているのかなと。

 

「管理部門」という言い方は好きでないのですが、ここでの仕事の業績は数字で表れてこないところが多く、なかなか達成感を持ち難いですよね。

それでも、皆さんが「誰かのために」自分らしく自分の思いを持って、毎日コツコツと取り組んでおられることを私は知っています。私自身もそうして、会社員人生を過ごしてきました。

 

皆さんの仕事は、上司だけが評価しているのではありません。皆さんのサポートを受けた誰かが必ず見てくれています。

そして後々に、皆さんの存在は「感謝とともに記憶されていく」ものとなるのです。

 

 

 

マネジメントを学んだ中で、月並みですが「もしドラ」でおなじみのドラッカーの書籍には、心に残る教えがたくさんありました。

その中で一番感銘を受けたのは、彼の中学生くらいの時のエピソードです。

 

ドラッカーが13歳の時、学校の牧師さんからクラス全員に「何をもって憶えられたいかね」と聞かれたそうです。

彼を含め、誰も答えることができませんでした。

すると牧師は、「答えられると思って聞いたわけではない。でも五十になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ」と話したとのこと。

 

この「何をもって憶えられたいか」という問いは、「自分自身がどうありたいか」ということにつながるのだと思います。「人生で大切にしたいこと」を持つことにも。

働いていた組織を離れるときに、一緒に働いていた人と別れるときに、後々で「あの人はこんな人だったな」と記憶して欲しいと考えて毎日を送ること。

それって、キャリアを歩む上でとても大切なことだと思っています。

 

「皆さんはどんな人だったと記憶されたいですか?」

 

 

私は普段、社員のストレスの状態を心配されている方とお話しする機会が多くあります。

そんな中でよく感じるのですが、不思議と言うかやはりと言うか、担当されている皆さんご自身は爽やかに話をされて、ストレスとの向き合い方がお上手です。

きっと、「仕事をする上で大切にしたいこと」の軸をお持ちの方が多いのだと思います。

いやいや、そういうポテンシャルの方を、組織は配置されているのでしょうね。

 

これまでも、多くの経験の中で、自分の在り方を育てられてこられたのだと思います。

苦しいこともあったかと思います。そして、ここまで来た。

 

「人の役に立つこと」「人から必要とされること」を仕事とされている皆さんに対して、私からは最大の敬意を払いつつ、エールを送らせていただきます。

 

 

【最後までお読みいただき、ありがとうございました】

 

2021/12/15